京都大学大学院総合生存学館(思修館)

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教員コラム<橋本道雄特定教授>

この5年間をどう使うか

総合生存学館の皆さん、新年あけましておめでとうございます。地球社会レジリエンス講座の橋本です。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

2021年4月の教員コラムで、グローバル人材に不可欠な3要素として「資格・スキル・ネットワーク」の話をいたしました。今日は皆さんが卒業した後に直面するであろう「就職」についてお話したいと思います。

初っ端から厳しい話で恐縮ですが、一般的に博士後期課程修了者の企業への就職活動は、修士や学士に比べて難しいといわれています。学部卒の就活では無敵だった京大ブランドも、博士になってしまうとそれだけでは通用しません。学士に比べて圧倒的に知識も経験もあるのになぜでしょう?歴史的に見ると(特に昭和後半以降)、日本の場合、職業教育は大学ではなく企業が行ってきました。だから企業は採用に際して「とりあえず地頭・性格がいいヤツを囲い込んでおけ!知識や能力は入社してから鍛えればよい」と考えて採用活動を行うわけです(だから有名大学卒が好まれるわけですね)。以前、デジタル人材の育成に関してソフトウェア開発会社の社長さんにお話をうかがったことがありました。「必要なことは全部会社で教えます。だからまっさらな頭で来てほしい。なまじプログラミングができる奴なんて、やりにくいったらありゃしない。文学部卒が最高!」とのこと。大学人としては考えさせられてしまいますね。

なぜこんなことになっているのか?大学の教育は科学的な新規性を追求するアカデミックな教育を中心に据えているからだと思います(それはそれで意義があるとは思うんですけどね)。仕事にすぐに使える実務的な教育は、残念ながらあまり行われていません。その結果が、前述のような社長さんの発言になったのだと思います。そういう中で修士より3年長く学士より5年長く大学で教育を受けてきた博士後期課程修了の学生は、企業の人たちの目にどのように映るのでしょうか?いろいろと話を聞いてみると、「修士卒で採用して3年間研究所で鍛えた若手社員と比べて、どっちが優秀?」ということのようです。会社は、大学と比べて研究環境が整っています。また社員教育も充実しており、先輩が若手を育ててくれます(そうじゃないところもあるみたいですけどね(笑))。そういう人たちと比較されてしまうわけです。さて、そんな中で高く評価されるにはどうすればよいでしょうか?

結論から言うと「自分でやるしかない」ということかと思います。まず5年後・10年後の自分の成りたい姿をイメージすること。そして、そこから逆算して「必要となる知識やスキルや経験であって大学が与えてくれないもの」を洗い出して計画的に身につけていく。そのためにこの5年間をどう使うか、それが大事になります。

偉そうなことばかり言ってると、「じゃあお前の3年間はどうだったんだよ!」と問われそうですね。

2020年5月にJX金属と共同で産学共同講座を立ち上げました、「大学と企業の組織対組織での知の交流」をテーマにして様々な活動に取り組んできました。中でも「金属ビジネス特論」は、学生諸君にビジネスの現場に触れてもらうとともに、会社が抱えるリアルな問題に対する解決策を考え、それを社長に向けてプレゼンするという、ちょっと規格外な講義を実現することができました。参加してくれた皆さん、本当にありがとうございました。おかげさまで、産学連携による人材育成のユニークな事例として、人材教育の専門誌である「先端教育」の2022年11月号でトップ記事として取り上げていただきました。講義では、エネルギー問題を様々な側面から考える「エネルギー政策概論」を2年間やらせていただきました。たくさんの皆さんに受講いただき、ありがとうございました。「エネルギーの専門家として、聞かれた質問には全て答えてみせる!」と臨みましたが、実際に皆さんから投げかけられるたくさんの、かつ想定外の質問は返答するのにかなり苦労しました(でも全部打ち返したはず!)。これは私にとっても大いに刺激になりました。研究に関しては、水素サプライチェーンの経済性分析を行いました。そして、水素コストを一層下げるために、経済性改善の方策に関する国際共同研究を立ち上げました。昨年の12月に、日米豪印によるQuad(クアッド)の枠組みの下、水素経済性に関する国際ワークショップを開催し、各国の政策当局者・研究機関など約100名を集めて共同研究のあり方を議論いたしました。これについては、まだ道半ばですので、これからも続けていきたいと考えています。プライベートでは、いつか取ろうと思いながらなかなか実現しなかった普通自動二輪(中型バイク)の免許を取得しました。年齢によるバランス感覚の衰えは想像以上で、この機会を逃していたらもう取れなかったのではないかと思います。

2023年4月末で思修館を離れることになりました。ちょっと早いですが離任の挨拶をさせていただきます。この3年間、貴重な経験をさせていただきました。支えていただいた先生方、事務の方々、学生の皆さんに心からお礼を申し上げたいと思います。思修館がますます発展し、皆さんが元気で楽しく(=これ私のモットーです)教育や研究に取り組んでいかれますことを心よりお祈りいたします。思修館での3年間は、これから私が仕事や生活を進めていく上での基盤を築いてくれました。本当にありがとうございました。またどこかでお会いしましょう。それまでお元気で!

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