京都大学大学院総合生存学館(思修館)

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遊聞会便り(第23号)

グローバル化と聞思修を考える

趙亮(現教員)
総合生存学館(思修館)准教授

皆さんこんにちは.お便りは日本語で書かせてもらいます.留学生の方には、分かりにくいことがあるかもしれませんが,ぜひ頑張って日本語を勉強してほしいです.
 
ぼくは情報学研究科から思修館に来て六年経ちました.今回、情報エントロピーの視点で、思修館のキーワードになっているグローバル化と聞思修(と遊聞会!)を考えてみます。
 
周知の通り、思修館は、もともとグローバルリーダー育成を目的に作られた大学院です。当時、同様なリーディング大学院(プログラム)がほかにもたくさんあって、ソ連崩壊や9・11アメリカ同時多発テロ事件以降、混沌になっていた世界に積極的に進出しリーダーシップを取ろうという日本の思惑を反映するものになっていました。
 
しかし日本の思惑は、近年リーディングから卓越に変わって学術研究の重点に戻りました。思修館も以前より学術研究を重視するようになりました。これは単に補助金がなくなって以前のように海外にいけなくなっただけではありません。裏にはもっと重要な日本の思惑の転換があります。すなわち、日本は、グローバル化をやめていくアメリカをみて、どうしたらいいか分からなくなったのです。例えば、新しい世界秩序のために主導して策定した京都協定書は、アメリカの離脱で(忖度で)大きい声で言えなくなってしまいました。仕方ないから、リーダーシップをやめて従来から得意の学術研究に舵を戻したのです。
 
では日本は、やはりアメリカに追従してグローバル化をやめればいいでしょうか。意見の分かれるところですが、ひとつだけ、従来の考え方が通用しなくなって自分たちでリーダーシップを考えねばならない時期が来たと言えましょう。実はいまこそリーダーが必要なのです、どこの国・地域においても。今回、皆さんの参考にぼくの考察をお話しします。
 
量子力学への貢献でノーベル物理学賞を受賞したシュレーディンガーが、著書「生命とは何か」のなかで生命の本質を考察しました。生命は、物理系のエントロピー増大則に従わないことから、負のエントロピーを食べる=エントロピーの低い食べ物を食べて高い代謝物を排出する=ものという説を示しました。エントロピーとは、物理系の持つ乱雑さ(=でたらめさ)を表す量で、系は、エントロピーが最大になったら崩壊します。
 
この考察から、例えば、環境問題は根本的に解決できないことが導かれます。なぜなら、生命が自分自身のエントロピーを一定以下に保つ(=生きる)代わりに環境のエントロピーを増やす(=破壊する)のですから(環境保護不要論ではないことに留意されたい。保護することによって環境崩壊を遅らせることができるからです)。従って、地球上の生命体は、いずれ地球から宇宙に出ていく必要があると言えます。
 
もっと厳密にいえば、物理の考察では、閉じた系は、必ずエントロピーが増大する一方で最終的に崩壊することになっています。そうならないように、系は、自分自身をオープンにしてさらに自分自身のエントロピーを削減する必要があると言えます。これは生命と物質との違いだとシュレーディンガーが考えたのです。ここまでわかれば、グローバル化=オープン化が人類社会の宿命であることは明らかです。アメリカはいまグローバル化の問題点を反省していますが、問題点を解決したら再び図るはずです。さほど時間かからないと思うので、グローバルリーダーを目指す皆さんには十分活躍できる場がやってきますよ。
 
さて、シュレーディンガーの考察は、近年情報エントロピー(情報乱雑さ。Zipなどがこれを利用してファイル圧縮をしています。)を用いる理論に変わってきました。すなわち生命とは、自分自身の持つ情報エントロピーを一定以下に保つも、増大させる(=物理法則に従う)側面と削減させる側面(=生命らしい側面)の両方を持つものと認知されるようになりました。特に人間は、意識の共有という人間にしかない本領(山極寿一語)を身に付け、大規模な集団を作れるようになって地球を支配できるようになったのと考えられます。この考察は、AIの研究のみならず、人間自身を理解するためにも重要です。
 
ぼくは、情報エントロピーを用いると、シュレーディンガーらの説よりもっと深い考察が得られると考えています。生命の成長です。例えば、聞思修を考えてみましょう。聞は、新しいことを聞くこと、本質的には情報エントロピーを増大させることです(ちなみに近年脳科学の最先端研究の一つで、FristonのFree Energy Principleがこれに対応すると思います)。思は、本質的には聞いたことを整理して自分自身の情報エントロピーを削減することに該当します。では修はなにでしょう。シュレーディンガーらの説明にはなかったのですが、ぼくは、聞と思の繰り返しによる成長、Tegmarkの定義した生命2.0/3.0の特徴だと考察しています。詳しくは出版予定の総合生存学続編を読んでもらえると幸いです。
 
皆さんは、遊聞会の名前通り、聞と修の機会の多いオープン系でしょう。聞と修だけだと情報エントロピーが増えていくだけなので、時々自分に思考の時間を与え、自分自身の情報エントロピーを削減することにも心がけましょう。ご活躍を楽しみにしています。
 
2020年5月28日


2019年8月BXAI Summer Programにて。
左から2番目が、趙准教授。
右端が、遊聞会会長の白石晃將さん。

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