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研究成果 沖縄県の高齢者入所施設におけるCOVID‑19アウトブレイク規模の決定要因
許 以寧さん(総合生存学館・大学院生/水本研究室所属)を筆頭著者とする、水本憲治 総合生存学館(思修館)准教授らの研究グループは、オミクロン株流行期の2022年4〜6月に沖縄県内の高齢者入所施設で発生したCOVID‑19アウトブレイク127件(78施設)を対象に、施設レベルの感染対策とアウトブレイク規模との関連を解析しました。高齢者施設は入所者の健康状態やケアの必要性が高く、クラスター発生時の影響が大きい一方で、実際にどのような対策が「規模を小さく抑える」のに有効かを評価した研究は限られていました。本研究は、沖縄県および一般財団法人沖縄観光コンベンションビューロー(OCVB)などとの産官学連携により実施されたものです。
本研究では、沖縄県が実施した施設向け質問票調査の結果を用いて、(1)初発例(インデックスケース)が誰で、どのようなきっかけで検査され陽性となったのか、(2)マスク着用や換気、面会制限などの感染対策がどの程度実施されていたのか、といった情報を収集しました。そのうえで、統計モデルを用いて、施設ごとのアウトブレイク規模(職員と入所者の感染者数の合計)に影響する要因を検討しました。
その結果、職員が既知の陽性者の接触者として検査を受けて発見された場合、同じく職員を対象とした定期RT‑PCRスクリーニングで見つかった場合と比べて、アウトブレイク規模が有意に小さいことがわかりました(多変量解析での調整相対リスク0.11)。また、入所者のマスク着用が「徹底して実施されている」と回答した施設では、そうでない施設に比べてアウトブレイク規模が小さい傾向が認められました(調整相対リスク0.40)。さらに、多くのアウトブレイクでは職員がインデックスケースでしたが、そのうち相当数は「1例のみ」で収束しており、マスクの着用やゾーニング、迅速な接触者調査など、すでに行われていた対策によって施設内への持ち込み感染の多くが拡大前に抑え込まれていたことが示唆されました。
一方で、沖縄県が社会福祉施設向けに実施してきた2〜3週間ごとの職員定期RT‑PCRスクリーニングは、多くの施設で活用されていたものの、職員が初発例であったアウトブレイクのうち、このスクリーニングで検出されたのは約16.7%にとどまりました。これは、定期スクリーニングの有用性が低いという意味ではありません。当時の検査間隔では、無症状のまま勤務を続けていた職員の感染が検査の合間に発生・消失してしまう可能性があり、また、陽性時に5〜7日の出勤制限が必要となることが慢性的な人手不足の現場で受検や症状申告をためらう要因になり得たなど、運用上の制約を強く反映した結果と考えられます。無症候・軽症の職員からの持ち込みを早期に捉えるための現実的な代替手段は限られており、定期スクリーニングはそうした中で重要な「セーフティネット」の一つとして機能していたと位置づけられます。著者らは、流行状況が悪化している時期には、より短い間隔でのスクリーニング検査がより大きな効果を持ちうること、また定期検査は職員の休業補償や代替要員派遣などの支援策と組み合わせることで、今後も重要な感染対策の柱になり得ると指摘しています。
今回の研究は、定期検査か、それとも定期検査をやめるかという二者択一ではなく、①職員定期RT‑PCRスクリーニング、②陽性者との接触歴や症状に応じたリスクベースの検査、③入所者・職員のマスク着用や換気などの基本的な感染対策、④人員確保や休業補償などの制度的な支援――といった複数の対策を総合的に組み合わせることが、限られた人的・物的資源の中でアウトブレイク規模を抑えるうえで重要であることを示しています。今後のパンデミックや新興感染症対策においても、高齢者施設の現場の実情を踏まえた多層的な対策パッケージを設計するうえで、有用な示唆を与える研究成果と言えます。
【連携】
本研究は、産官学連携・他施設共同で実施された研究です。産業界からは、一般財団法人沖縄観光コンベンションビューロー(OCVB)が、感染拡大防止に向けた取り組みの一環として本研究の企画・実施に協力しました。官公部門としては、沖縄県をはじめ、沖縄県衛生環境研究所、県内の保健所・保健所設置市、保健医療機関および高齢者施設の皆さまより、データ提供や調査へのご協力をいただきました。学術面では、京都大学大学院総合生存学館(思修館)を中心に、国内外の大学・研究機関の研究者が解析と論文作成を担当しました。責任著者の水本准教授は、沖縄県新型コロナウイルス感染症対策疫学・統計解析委員会*1の委員として、県の新型コロナ対策の検討に本研究の知見を還元しています
*1: 沖縄県新型コロナウイルス感染症対策疫学・統計解析委員会
https://www.pref.okinawa.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/018/406/03kouseiinmeibo_1.pdf
査読有り
Xu YS, Shimakawa Y., Chowell G., Matsuyama R., Nagamoto T., Omori R., Nakamur T., Itokazu T., Takayama Y. Mizumoto K*. Determinants of COVID-19 Outbreak Size in Elderly Residential Facilities in Okinawa Prefecture, Japan, April to June 2022. IJID Regions. (2025). (In Press, Journal Pre-proof) https://doi.org/10.1016/j.ijregi.2025.100813
その他の業績等
Google Scholar: Kenji Mizumoto
https://scholar.google.co.jp/citations?view_op=list_works&hl=ja&hl=ja&user=OW5PDVgAAAAJ&sortby=pubdate
