研究概要

研究テーマ

総合生存学、環境学、森林学、木材学

キャッチフレーズ

人と自然の共生

概要

総合生存学は、複合化した社会課題を克服するための思想、方法、並びに政策や適応技術など実践論や応用を幅広く探求する総合的、統合的な学問である。

人間圏、生物圏及び大気圏から土壌圏・水圏を含む地球圏を包摂する生存圏の圏内および圏間相互作用に関する諸問題を扱い、俯瞰的な視野から人類生存に必須の基盤構築のための研究に取り組んでいる。とくに、生物圏の基盤となる植物のバイオマス生産とエコシステム、人間圏の木質系バイオマス資源の科学と技術、バイオマスの循環的利用に関わる分析評価など、幅広い総合生存学に関する研究をしている。

研究の具体例

1. 人と木と生存圏

京都大学OCW(Open Courseware)川井秀一:「人と木と生存圏」
http://ocw.kyoto-u.ac.jp/ja/f-lecture/05/kawai-shuichi

2. 保護と開発の諸課題(熱帯人工林のバイオマス生産の分析)

劣化した自然の回復と資源の確保をいかに調和あるものとしていくのか?生産林では、林分の増分に見合う原木を伐採して、これを最大限有効に加工利用し、生産と利用の持続性を確保する。そのためには年ごとのバイオマスの蓄積量(ストック)と蓄積増分、並びに(フローとみなせる)原木伐出量の動的な解析把握が必須である。

無秩序な開発や過伐によって荒廃し草地となったインドネシア南スマトラ州において、1990年より大規模な産業造林が開始された事例をもとに、天然林、草地及びアカシア林(2006年時点)のバイオマスストックとフローを比較して図1に示した。図において、熱帯多雨林のバイオマス蓄積量は最大400t/haと最も大きいものの成熟林であり、成長による炭素吸収量と枯死分解による炭素放出量の収支がバランスして炭素蓄積増分はゼロと評価される。また違法伐採などによる林外への原木の伐出がないものと考えると、フローもまたゼロになる。つまり、熱帯天然林のバイオマスは見かけ上静的な安定状態を示す。同様に、チガヤが優先する草地のバイオマス蓄積は概ね4t/haと小さく、また林内の年間蓄積増分に相当するバイオマスの成長量の多くが枯死分解により消失し、エネルギー等で系外に排出されるフローは最大その70%(2.8t/ha/y)程度と見積もられる。これに対して、1~6年生のアカシア植林地では毎年一定面積の伐採と植林が繰り返されるので、個別の林分では蓄積量、増分、伐採量に変化があるものの、造林地(12万ha)を全体としてみれば、一定の安定した蓄積量と増分を期待できると共に、年ごとの伐出が行われる。すなわち、図より2006年時点での、1~5年生アカシア林の平均蓄積量は78t/haと熱帯多雨林に比して必ずしも大きくはないが、年ごとに62t/ha/y程度の原木丸太の伐出フローが付加されるので、これら2006年時のストックとフローの総和は139t/haと計算され、森林の保全を図るうえで大きな意味をもつと言える。


陸域の物質循環や生態ネットワークのハブとなっている森林の消滅(Deforestation)を防ぎ、荒廃地の植林(Afforestation)による森林の再生が近年の緊急課題である。このように森林再生の鍵は積極的な植林、とくに産業造林にある。しかし、熱帯域の産業造林には解決すべき技術面の課題のほか、環境面や社会面の課題がまだまだ多い。たとえば、短伐期による栄養塩の収奪と土壌の劣化については未知である。大規模な造林による生物多様性の劣化、病虫害に対する脆弱性のほか、地域住民との紛争等々の課題を抱えている。

研究のインパクト

現在繁栄を極めている人類や地球社会あるいは国家もまた、近未来においてその存続を脅かすであろう様々な困難や危機に直面することが十分予想される。研究の主題は、人類の生存に必須である自然環境と生態環境の維持、未来に向けた環境保全の実現策である。自然と人間の対立関係から脱却し、共存関係を取り戻すための方策について、多元的な視点から検討が必要である。

二つの視座



ものの見方には「鳥の目」と「虫の目」がある。時代の変わり目、先行き見通しの困難な時代には、特に、「鳥の目」に期待が集まる。「鳥の目」とは、マクロ(巨視)の視座、俯瞰的視野のことである。様々な現象や事象を鳥瞰し、これを総合して未来の方向を見出す「目」である。「総合生存学」という概念もこのような視座を求めたものと言える。しかし、「鳥の目」により未来の胎動を予測することができても、次にこの動きに応じた対処が必要になる。このためには「虫の目」が必要になる。ミクロ(微視)の視座から多様性や個別性を詳しく見分ける目である。仕組み(システム)の創造には、グランドデザインだけでは不十分で、細部にいたるきめ細かい作り込みが必要であり、そのための要素や新たな技術、仕組みも欠かせない。概略、総合生存学は「鳥の目」に属し、個別の専門分野は「虫の目」の領域に属すると考えられるが、両者は相互に補完的な関係にあることがわかる。

森林・木材分野において、たとえば、物質循環の観点からわが国木材のフローをみると、建築解体材や林地残材など未利用資源のポテンシャルを定量的に推し量ることができる。フローの時系列解析により木材需要の過去から現在の動向、未来の予兆を読み取ることも可能である。ライフ・サイクル・アセスメント(LCA)は、木質材料製品の環境負荷量の「見える化」を可能にする。この中でカーボン・フット・プリント(CFP)は、エネルギー負荷量を消費者に「見える化」する仕組みであり、今後徐々に市場に浸透してマーケッティングに欠かせないものとなろう。しかし、「鳥の目」により未来の胎動を予測することができても、次にこの動きに応じた対処が必要になる。このためには「虫の目」も必要である。ミクロ(微視)の視野から多様性や個別性を詳しく見分ける目である。仕組みの創造には、グランドデザインだけでは不十分で、細部にいたるきめ細かい作り込みが必要であり、そのための要素や技術が欠かせない。

求める学生像

多元的な価値を統合し、文理に渡る幅広い分野に興味をもつ学生を募る。修了、学位取得後には、実社会での課題解決に活躍することを目指し、グローバル企業やシンクタンク、国際機関などに就職したい学生を歓迎する。

経歴

京都大学大学院農学研究科修了、京都大学農学博士(1980年)。日本学術振興会特別研究員(1979年)。京都大学木質科学研究所助手(1980年)、同助教授(1990年)、同教授(1995年)。改組により京都大学生存圏研究所教授(2004年)、同研究所所長を兼任(2005年~2010年)。京都大学副理事/副学長を併任(2009年~2012年)。京都大学定年退職、京都大学名誉教授(2013年)。引き続き、京都大学大学院総合生存学館長(2013年)現在に至る。国際木材科学アカデミーフェロー(1996年)。第22, 23期日本学術会議会員(2011年~2017年)。第82回日本農学賞受賞、第49回読売農学賞受賞(2012年)。第1回京都大学孜孜賞(2013年)。

研究業績

編著書に、「地球温暖化問題への農学の挑戦」養賢堂(2009年)、「地球圏・生命圏・人間圏-持続的な生存基盤を求めて-」京都大学学術出版会(2010年)、「熱帯バイオマス社会の再生-インドネシアの泥炭湿地から-」京都大学学術出版会(2012年)、「木材・木質材料小事典」東洋書店(2013年)、「総合生存学-グローバル・リーダーのために-」京都大学学術出版会(2015年7月刊行予定)。 専門分野の木材学に関する原著論文220編、総説等約100編、特許12件。

その他の社会活動

「日本の森を育てる木づかい円卓会議」議長として、2004年11月提言書「木づかいのススメ」を取りまとめた。「NPO法人才の木」、「みどりと住まいの環境フォーラム」を設立、初代理事長として木材利用の普及啓発活動に取り組んでいる。