総合生存学の意義と方法

横山泰三(H29年度修了生)
C-BED(ILOバンコク)プロジェクトコンサルタント
HOANG HUNG Japan 教育顧問

思修館(京都)を巣立って、早いものでもう1年が過ぎました。便りを書くご依頼をいただき、思修館とその後の1年を振り返る貴重な機会をいただけたと感じています。在学中の思い出は心中に溢れ容易に一筆できませんので、ここでは今まさに研究とプログラムに奮闘されている後輩諸氏に向けたメッセージを書かせていただきたいと思います。
 
 総合生存学館は産業界や国際開発の実践実務の第一線で活躍している方々から、非常に高い評価を受けていると実感しています。しかしその内実は専門研究を脱する学際性・総合性を如何に実りあるものにするか、さらにそれをグローバル課題の解決に活かす形で如何に実践的に価値化していくか、という二正面から挟撃される大きな課題を背負っています。
 そのような大きな使命を託された学生は、基盤となる専門性に立脚しながら地道に研究と実践の歩みを進めていかなければならないわけですから、思修館に入学後は自身の研究計画・設計に少なからず悩みを抱えることになるかと思います。もし悩んでいなければ、うまく計画と設計ができていない、とさえいえる場合が多いかもしれません。そして思修館を巣立ってからの進路の選択においても、総合生存学という独自の立脚点から如何に国際社会へ貢献していくか、たびたび煩悶することになるかと思います。
 
 私の場合は日本の近代哲学・思想研究を基盤として、「対話」という現象に着目した研究計画を立てました。1~2年生の2年間は、研究テーマを見つけ出すために先行研究と悪戦苦闘していたのを覚えています。思修館を飛び立ってから、この研究と自分の仕事がどう結びついていったか、少し近況を報告させていただきます。
 最終年次のプロジェクトベースリサーチ(PBR)にトヨタ財団様より研究助成をいただいていたアクションリサーチは、年度を跨ぐ形で昨年5月にいったん無事に完了しました(トヨタ財団研究助成プログラム オープンワークショップ(福岡会場)参加記録)。日本の厚生労働省とILOバンコクが開発したCommunity-Based Enterprise Development (C-BED)に自分の研究成果を結び付けて提出し、現在はC-BEDとICT(情報コミュニケーション技術)を融合して活かす仕事にコンサルタントとして従事しています。現場はベトナム、中国、バングラデシュからヨーロッパへと広がっています。
 同時に日本国内では生活困窮者自立支援法の政策分析を行うべく、現場担当者との共同調査を進めています。大阪市内の各区から要請を受け、地域の民生委員や児童福祉委員の方々を対象とした研修と講演を依頼されるようになりました。この「生活困窮者」という言葉には、日本政府が実質的な移民政策を進めるなかで急増している外国人住民も含まれます。多文化共生の理念の下で如何にその対応を具体的に実施していくかが大きな地域課題です。そこで私の研究成果を活かして職員会議や多職種間連携を通じた対話の場創りを、その解決の糸口として推進しています。民間事業者、社会福祉協議会、日本語学校、技能実習生、そして地域住民との間で対話する機会を創り、それぞれの立場から直面している課題について意見を交換しています。日本に住む外国人達は、地域で複合的な生活課題を抱えています。これに対応するためには、日本の労働・福祉・医療・教育・(住)環境・災害対策・観光・文化など諸領域の社会資源を総合して有機的な連携を築かなければなりません。しかし、彼ら外国人の生活実情を追及していくと、自国の地方農村の過疎化や貧困の課題にそもそも直面してから、相当の借金を背負って日本に渡航していることが分かってきました。ちょうどそのような調査をしている折に、ベトナム・ハノイの大学から声をかけていただき、昨年から日本に移民する前段階にある教育機関で対話型教育(アクティブ・ラーニング)を開発する職務に関わらせていただくことになりました。
 以上のような私のこの一年間の幾つかの職務は、学問領域の個別専門科学からみればまったく脈絡のない取り組みに映るかと思います。しかし結果として、ILOバンコクのC-BEDを対話型教育として応用し、ベトナムの地方農村開発と貧困撲滅にアプローチしながら、間接的には日本国内の労働者―使用者間の軋轢を改善したり地域社会福祉の政策課題解決を見据え、一貫した認識で仕事をしています。国境や学問分野の檻に閉じこもって複合的課題の構造全体を捉えないまま研究や実践を重ねてみても、部分的な課題解決しか実らない……これが現場の課題であったと日々、実感しています。
 これまでの研究が行っていたような限定的に対象を掘り下げた研究は、実践応用段階に至るとかえって掘り下がっていない研究に見えてきます。しかし、もちろん課題に対する一アプローチとしての研究そのものは、専門的な深い掘り下げの営みが必要なわけです。そうすると、総合生存学の「総合」という言葉の意義が博士論文の章立てのなかで重要な位置づけを担うのは、その序文や冒頭の章で行う問題設定と研究方法の立論かと思います。1・2年生の間の目標は、この博士論文の冒頭に位置する内容、つまり良質な「問い」を発見することに尽きると私は思います。
 良質な問い、とは先行研究を踏まえて学問上新たな知見を提供しながらも、しかも実践の課題解決の鍵となるような問いです。近代期の生態学者、南方熊楠(1867-1941)は、さまざまな物事(学問)のことわりが一点に交わる点を萃点(すいてん)と名づけ、複雑な世界を把握するための学問上の易点としたようです。萃点となるような優れた問いを見つけるためには、1~2年次に先行研究を徹底的に読み諸学間に共通・重複している課題(問い)の所在を探し出し、国内外のインターンシップ(サービスラーニング)武者修行でその課題の発生している現場を見て、現場の「問い」と学問上の「問い」を照らし合わさなければなりません。研究者の立場は自己の関心から切り取った現実世界の部分をしかどこまでも対象化できませんが、現実の課題に悩む人々の立場からは問題が常に複合的課題として迫ってきます。そのため、その解決は常に総合的でなければならないこととなります。
 しかしそのようにして見出した「問い」から研究を始めて、これに実践的価値を生みだすためにはどうすればいいでしょうか。その手掛かりは、「研究」そのものがもっている深い実践性を自覚することに尽きるかと思います。社会のあらゆる仕事・すべての職業の課題解決に、「研究」の営みは不可欠です。共通認識となっている複合的課題に直面する市民や行政といった多様な立場の人々の間で研究の場づくりを行い、共同研究/対話の機会を創設していくことが総合生存学の具体的な方法の一つと考えられます。仮に共同研究が総合生存学の実践方法として重要であるとすれば、いま思修館にある複合型研究会の意義も際立ってくるように思います。ただし従来の研究会と異なって、それが有意義に複合的であるためには、総合生存学の具体的な本質を担うコーディネートが求めらるのではないでしょうか。そのため、個別科学の限界やその対象を把握する必要があります。
 たとえば、現在、私が書いている論文は、日本において社会福祉学が如何に生まれたかをテーマとして、これを担った岡村重夫(1906-2001)さんの戦前の基礎理論の考察を内容としています。岡村さんは和辻哲郎が提示した、個人と社会の「二重の否定関係」、という倫理学の考え方に立脚しています。この理論では、生活者(主体)本人とそれを客体として対象化することでサービスを個別ばらばらに提供しようとする社会制度(保健医療・教育・労働・娯楽文化など)との関係(不調和・矛盾)から生まれる問題を生活課題の本質と捉え、その解決の実践と研究に社会福祉(学)の領域を設定しています。先に私が言及しました今日の生活困窮者自立支援制度は、まさに生活困窮を複合的な生活課題に起因すると捉えていますので、自分の基礎理論研究は政策を実行する現場レベルの体験知をもう一度、理論に還元するための基礎工事をしている実践の意味を併せもたせて進めています。
 しかしこの研究を進めてみたところ、高齢者、母子、障害者といった特定の市民を対象としてきた戦後の社会福祉と異なって、戦前における社会政策・社会事業(社会福祉)は近代化がもたらした人々の「貧困」を広く課題として対象としていたことがわかってきました。その具体的な当事者は労働者としての国民一般であったわけです。そこで社会福祉学とは別に日本の経営学の形成と誕生の場面に目を移し、これを担った上田貞次郎(1879‐1940)さんの論考や日記、史料を読んでみると、上田さんが経済学のほか社会政策(福祉)や倫理学についてもかなり深く思案していたことが分かってきました。当時の民間経営・経済政策は、官民で活躍した渋沢栄一に代表されるように儒教的な経世済民や徳治主義の立場から使用者と労働者の間に温情的な関係を築こうとしていました。この流れから戦後の日本型経営は福利厚生に手厚く、家族主義的な立場から労働者(家族)の生活を保護する福祉機能を大きく担うことになったと考えます。その日本型経営の崩壊が、今日の人々の新しい生活困窮の一要因であることもわかってきました。そうしますと、戦前に経営学の立場でCaptains of Industryを育成し雇用を創出することで「貧困」という課題にアプローチしようとして生まれた経営学の理念的対象面と社会福祉の対象面の間に、共通した課題認識の萃点を得ることができると思います。
 複合的研究会が有意義に成立するためには、役立つ似通った学問分野を相互に手段として寄せ集め「複合的」とするのではなく、文理がともに実践と融合して既存の諸学と現場の姿を相互に照らし出し、課題となっている現実の認識(価値観)を明らかにしないといけないと思います。ですので現役の学生の方々には、あえて自分の専門的な関心を離れて、少し距離のある研究会に参加し、そこから自分の研究を眺める時間をもつことをおすすめします。きっとそこに今まで気づかなかったヒントがあると思います。
 これからの社会に生存する私たちがどこからきて、どこに向かおうとしているのか、その方向性を示すテーマ(問い)を見つけて、初めて未来を示すことのできるリーダーシップも培えると思います。在学中、川井先生(前学館長)は、総合生存学がグローバル課題を対象とすることの特徴を強調されておられたと記憶しています。ここに総合生存学の入口(アルファ)と出口(オメガ)があるように思います。
 
 色々と大構えで偉そうな話しの便りになってしまいすいません。5年間の学びと1年間の近況報告を兼ねたこの拙い便りが、少しでも在学中に悩んでいる方々の参考になればと思いました。
 私も頑張りますので、みなさんも健康と安全に気をつけて入学当初の初心を忘れずがんばってください。
 
2019年03月20日


ILO sub-regional office(バンコク)にて
 

バングラデシュ・オールドダッカ任地にて
 

ベトナム、ハノイの任地にて
 

日本国内・講演の模様
 

日本国内・講演の模様2
 

ベルギーにて