京都大学大学院総合生存学館(思修館)

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遊聞会便り(第10号)

泉拓良(旧教員)
京都大学名誉教授
奈良大学名誉教授
弘前大学人文社会科学部客員研究員
日本文化財科学会長
文化遺産国際協力コンソーシアム欧州分科会委員長

みなさま、いかがお過ごしでしょうか。私は2018年3月に退職後、本州最北の青森県にある弘前市に引っ越しました。弘前城を飾る満開の桜に喜んだ春の連休、岩木山麓の発掘調査で弥生時代最北の炭化米の発見に立ち会うことが出来た「夏休み」が過ぎ、最北の地は今まさに白色地獄の季節になりました。ほぼ毎日降る雪の雪片付け(雪掻きのこと)が日課となり、70歳となって日々腕と腰の筋肉を鍛えています。
 
退職後は、3つの仕事に取り組んでいます。
まず、総合生存学館(思修館)に在職中はじっくりと取り組む時間の無かった縄文~弥生時代の発掘調査や縄文土器の調査を、弘前大学考古学研究室の皆さんや、能登町真脇遺跡縄文館の皆さんと取り組んでいます。文学研究科在職中の研究の延長ですが、青森県は三内丸山遺跡や亀ヶ岡遺跡に代表される縄文遺跡の宝庫で、関西ではお目にかかることの出来ない巨大な遺跡や優品を楽しんでいます。退職後は縄文時代の一般向け概説書を書くと約束をしていましたが、フィールドワークの面白さについ負けて、未だに完成していません。
 
次の仕事は、考古学・文化財(文化遺産)と自然科学の融合を目指す日本文化財科学会の仕事です。現在5年次に在籍する桐山京子さんが専門とする分野の学会です。活用に主眼を置いた文化財保護法の改正や、大学の縮小傾向に伴って学際的・境界的な分野が見直される中で、文化財科学の分野も、いくつかの大学では退職教員の補充が行われないという負の事態が生じています。学会としてどのように対応していくか、新しい自然科学の手法を取り入れポストや予算をどのように獲得するのか、深刻な議論を続けています。
 
最後の仕事は、総合生存学とも係わりのある「文化遺産の国際支援」に関する仕事です。「文化遺産国際協力推進法」(2006年施行)に併せて設立された「文化遺産国際協力コンソーシアム」での活動です。1月11日には東京文化財研究所で第24回文化遺産国際協力コンソーシアム研究会「文化遺産とSDGs」を開催しました。主催者側の1人として参加しましたが、事前に140名を超える申込みがあり、この問題への関心の深さを感じることが出来ました。SDGs目標(ゴール)11(包摂的で安全かつ強靱で持続可能な都市及び人間居住を実現する)のターゲット4には、「世界の文化遺産及び自然遺産の保護・保全の努力を強化する」とありますが、はたして、文化遺産は目標11にだけに関係するのでしょうか。また、さらに広く「文化」はと考えると、SDGsの中でどのような位置付けになるのかについて、発表や討論がおこなわれました。SDGsの17の目標は普遍的な課題(場合によっては価値)であるのに対して、文化は多様性の根源であって、17の目標とは並列的には並べられるものではないという本質が指摘されました。また、討論を聞いて、MDGsとSDGsの大きな違いとして、MDGsはドナー(先進国)の役割・立場が強くでていたのに対し、SDGsではドナーとクライアント(発展途上国)の相互の役割・立場・利害が考慮され、そこに文化や多様性が大きく関係するのだと強く感じました。「現状のままでは維持し続けられない現実世界」をみて、そのtransform(単なる変革ではなく目に見える大きな形態変化)の必要性と、それを解決できる総合生存学の必要性を改めて確認した気がしました。
「文化遺産とSDGs」:https://www.jcic-heritage.jp/jcicheritageinformation201812参照
 
2019年01月15日


弘前城の桜筏
 

岩木山麓での発掘調査
(弘前大学考古学研究室の先生方と)
 

庭に作った「かまくら」
(孫とのツーショット)

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