川井秀一(旧教員)
京都大学生存圏研究所特任教授

思修館を退任して、ひと月半が経った。手帳を繰ると、このひと月半の生活ぶりが凡そわかる。週のうち二、三日は京大宇治キャンパスの生存圏研究所に通い、一日は思修館や本部地区での研究と打ち合わせ、たまに図書館や時計台サロン、泉殿で時間を過ごす。さらに週一日程度の同窓会や町内会の仕事に加えて、月一、二回の東京、名古屋への出張等、結構、する事は多い。同窓会や町内会など週末の仕事が多いのもこれまでにないことである。一方、委員会や教授会など、会議に関わる時間はほとんどない。そのため、ストレスの少ない日々を過ごしている。時刻にせかされずに、時間がゆったり流れていくのを実感できる。ただいま、早朝2時間の読書と執筆を日課にしている。
“人生の醍醐味は下り坂にあり” まもなく古希を迎える歳になる。とくに感慨はないが、このような事を感じる年齢になった。人生、上り坂のときには峠までの道のりを見通せず、足もとしか見ないものである。峠の向こうに何があるのか、見当も付かない。しかし、峠まで登り詰めると、これまでとは違う景色が見えてくる。さらに次の峠に至ると、また異なる風景が大きく拡がる。
 
自分の前に新たな風景が拡がって見えたときこそが、新しい挑戦をするチャンスであるように思う。これまで歩いた道を俯瞰し、眼下の景色がよくみえるからである。人や社会、自分の背後にある文化や歴史がよく理解できる。自然や世界がよく見えてくる。結局、自分自身がよくわかってくるからである。ものの見方や考え方だけではない。身体についても同じである。健康にやや自信が持てなくなり、身体を気遣う年齢になって、はじめて旬の魚や野菜のおいしさを、またお酒のうまさを味わうことができるようになった。
 
したがって、人生いまが、古希に近づくときが、最高に楽しいときでもあるように思う。逆説の発想である。ちょっと身体をいとってやれば、心身を健やかさに保てる。しかも、やりたいことができる時間が十分にあるではないか。健康寿命があと5年足らずであることに留意がいるにはいるが・・・。
 
私の学問は、木材/森林学にはじまり、生存圏科学から環境学へと拡がり、そして行き着いたところは総合生存学/人材育成であった。京都大学が平成25 年4 月に創った大学院、思修館に関わり、思考(思)と実践(修)を柱にこれまでとはひと味違う教育のあり方を目指して8 年が経った。ようやく修了生が世に出て多彩な分野で活躍するようになった。本当にうれしいことである。わたしも生涯にわたる自発的な自学自習を認知症の予防策と心得て、早朝の読書と執筆を楽しんでいる。
 
2018年05月16日
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