墓地と創発プロセスの探求

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私たちが今生きる地球社会が直面している数々の複合的・構造的な諸問題に挑むための、思想・政策を幅広く探求する学問として誕生したのが、「総合生存学」です。また文理融合能力と俯瞰力を培い、現場に即して創出し的確に判断・行動できる柔軟性を養うことを目的としています。未来の修了生たちはこれらを修得した博士(総合学術)として、学生それぞれの志に応じ、国際機関や政府機関などで実務的研究者や国際的実務家、NPO/NGOなどの事業を展開する専門家、新産業創出等の研究開発型ベンチャーを創業する起業家、などといった様々な将来が期待されています。
こういった人材養成の指導者としてまさに適任といえるのが、本学館の山口栄一先生です。
今ではすっかり“イノベーション”をキーワードとした技術経営の研究者として起業や新学術の創発に独特のアイディアで活躍する¬山口先生は、もともと純粋物理が専門で、企業などで約20年も特に半導体などの物性物理学などの研究を続けてこられた生粋の科学研究者です。
物理学者のお墓やお宅を訪問するというちょっと変わった趣味もお持ちで、ただそこには物理学の研究者魂が感じられます。ヨーロッパでは基本的に土葬だったのでお墓の下には本人が眠っていて、墓石に刻まれた情報や周囲の環境からその人の生きた時代や人格が見えてくる気がして、リアルな情感に触れることができるそうです。天才達の創発のプロセスとその片鱗を探る時間なのです。
著書『死ぬまでに学びたい5つの物理学』(筑摩書房、2014年5月)は
1.万有引力の法則(ニュートン):孤独から生まれた科学革命
2.統計力学(ボルツマン):哲学から解放された科学
3.エネルギー量子仮説(プランク):光の本質と宇宙の設計図
4.相対性理論(アインシュタイン):失われなかった子供の空想力
5.量子力学:古典力学を覆した20世紀最高の知
といった内容で、いずれも共通した独特の推論プロセスであるということを、彼らの精神の道程を追体験しながらまとめています。一般的な物理学書とは全く違っていて、物理を専門に学んでいなくても難しい数式が理解できなくても楽しく読み進められることができ、物理学への理解が高まります。


パラダイム破壊が成し遂げられたとき


1990年代、山口先生は招聘研究員として南フランスのソフィア・アンティポリスにある研究所IMRA Europeで、5年間プロジェクトを率いました。ちょうどその頃、日本の中央研究所方式が崩壊、技術系の大企業が次々に中央研究所を閉じ、基礎研究から手を引いていきました。アメリカの方式が日本に派生、優秀な研究者・科学者が次々と外資系企業へ流出していったのです。この時点で、80年代後半には物理学で世界のトップを走っていた日本のサイエンス型大企業の存在価値は15年度にはなくなる、と山口先生は予見し警鐘を鳴らしていました。そしてご自身もNTT基礎研究所を退職して経団連の21世紀政策研究所に移り、日本のイノベーションを妨げている社会的要因の研究を行い、イノベーション政策研究と政策提言を始めるとともに、ベンチャー企業を創りました。
今年青色発光ダイオード(青色LED)の開発でノーベル物理学賞を受賞した3人の日本人研究者たちがその研究を成し遂げようとしていたのは、ちょうどその頃でした。1985年頃師弟の二人、赤崎勇氏(研究を続けるために企業を退職して大学へ)と天野浩氏が青色LEDを最初に発見、中村修二氏が青色LEDの実用化に成功して論文を投稿したのは1992年。大企業が研究を打ち切る中、地方ベンチャー企業の日亜化学工業は大胆な設備投資も惜しまず、それに中村氏も応えるように挫折を繰り返しながらも最終的な実用化の栄冠を勝ち取りました。サイエンス型企業のブレイクスルーにとって最重要なことだということを忘れてしまった現代の日本には成り立たない、「できないとされていたことをできるようにする」パラダイム破壊によるイノベーションでした。
イノベーションとは何でしょうか?経済学者Joseph A. Schumpeterが「経済発展の理論」の中で最初に概念化したイノベーションとは、経済活動の中で生産手段や資源・労働力などを今までとは異なる仕方で「新結合」して価値を生み出すことでした。山口先生は著書の中で「人々の生活を経済的にも社会的にも豊かにすることを希求する持続的で総合的な改革への営み」と再定義しています。その改革に必要な3つの軸を、技術イノベーション、経営イノベーション、アイステシス・イノベーション(感性イノベーション)とし、この3軸で作られた立体に矢印を引くような改革が現代的なイノベーションであるとしています。イノベーションの成功は技術経営の方法論がカギを握っているのです。
週刊「東洋経済」誌で「『巨人』たちの敗北−青色発行デバイスに挑戦した男たち」と題して、2003年に連載を執筆した山口先生。昨年ノーベル賞受賞が決まるや否や、この連載は電子書籍として出版。先月には第88回の京大サロントークで「青色LEDの物理学とイノベーション—ノーベル賞の舞台裏」と題して講演を行いました。物理学と技術経営のトップ研究を続けてこられた山口先生だからこそ語ることができるストーリーがここにあります。


共鳴が創り上げるもとのは?


人間が本来生き甲斐として持っているはずの創造欲や成長欲といった“実在的欲求”がはじけたとき、パラダイム型イノベーションが実現します。そのための社会作りには「共鳴場」が重要な役割を果たすことを、山口先生は論じています。
山口先生はケンブリッジ大学のクレアホール・カレッジに1年間、外国からの客員フェローや学生達と一緒に住んだことがあります。「カレッジ」といっても単科大学のことではなく、ケンブリッジ大学創立のときからの伝統で、食・住・教の場として、同じ釜の飯を食べ、寝泊まりし、フェローからの教えを受ける場として重要な役割を果たしています。ケンブリッジ大学はそんなカレッジ31の集合体です。世界中からそこに集まってきた“知”は異質で異分野で、性別も出身国も人生の目標もバラバラ。その中でお互いの価値やゴールをお互い認め合い尊敬し共鳴し合うことで、まったく新しい「知」が創造され、アイディアやビジネスの改革が生まれるのです。イノベーションの源を創り出す「共鳴場」の典型例がこのカレッジであり、“同じ釜の飯を食う”場なのです。複雑化したこの社会で起きる大規模問題を解決していくには、ただ一個人が文理融合の学問を進めていくだけではなく、あらゆる専門の人同士が互いの専門を超えて「知の越境」を縦横無尽に共鳴していく新しい学問の構築が重要です。
山口先生が総合生存学館(思修館)に着任してまだたった1年ちょっと。でもまさにこの今までになかった新しい大学院を共に構想してきたかのように、科学・社会の時代の最先端をみつめて研究者として活躍してきました。今年思修館が立ち上げた社会人のための知の道場「京都大学エグゼクティブ・リーダーシップ・プログラム(ELPs)」のプログラム委員長として、また京都大学「統合創造学の創成—市民とともに京都からの発信」プロジェクトのメンバーとして、さらには京都クオリア研究所が開催するクオリアAGORAのレギュラーディスカッサントとして、社会の大きなニーズも受け、共鳴場の提供に邁進しています。 そして何よりも、今月から思修館の合宿型研究施設の施設長代行となって居住を始め、ケンブリッジ大学のカレッジで経験された「同じ釜の飯を食う場=共鳴場」の再現を思修館の学生たちとともに創り上げ、未来の総合生存学を修得したグローバルリーダー、イノベーション・ソムリエ育成の師匠として、今学生たちに慕われています。先日はELPsの社会人受講生との交流会も企画し、充実した時間を過ごしたようです。今夜もまた、キラキラした目で山口先生と議論しながら食事をする学生たちが、廣志房のラウンジに集っているのでしょうか。


日経テクノロジーonline「科学者の魂を探して」のコーナーで昨年8月から連載を持っています。毎回山口先生の人柄を読み取ることができる、興味深い内容です。最近では7/10付けでも記事が掲載されていて、お墓巡りことも詳しく話しています。ぜひこちらもお読みください。



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