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スロースターター

中国の一流大学を応用数学の成績優秀で卒業、進学も決まっていたある日、趙先生はふと疑問に思いました。「う〜ん、純粋数学は自分のやりたいことじゃないよなぁ…コンピュータのこと勉強したいなぁ」。指導教官の驚愕の表情をもろともせず、すでに日本で働いていたお兄さんを頼って来日。
しかし当時はインターネットもまだ十分に普及していない時代。なかなか情報のない中たくさんの研究室に足を運んだり手紙を送ったりしたそうです。特に用意もないまま来日して一年。日本語学校に通ったりアルバイトをしたりしながらゆっくりとアプローチし、京大のある先生が能力と熱意をかってくださり、留学生特別選抜で京大の数理工学分野へやっと入学します。

結局目標にしていたコンピュータ・サイエンスへの道ではなかったこともあり、大学院でも1年半で何も成果なし。ある日ふとひらめいて論文を書き上げ、修士論文も博士論文も、学位審査公聴会ではただ一人セーターとジーンズで臨みましたが、注目を浴びるものに仕上げました。
総合生存学館での趙先生も、とてもゆったりしていらっしゃいます(私はいつも癒されています)。こちらがハラハラしていても、期待以上のものが期待通りの時期にできあがってきて、びっくりさせられることが多々あります。
学位取得後やっと情報工学の分野に飛び込むことができた趙先生。こちらはやっぱり好きなこと、スロースターターではなくめきめきと頭角を現します。
日本に来てからすぐ覚えて今ではちょっとした特技になっている囲碁のお話とご専門の情報科学のお話を、総合生存学にちょっとからめて、趙先生のコラムをお届けします。

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プロ棋士のいなくなる日
—情報技術進歩の裏にある生存問題

2035年に将棋,2050年に囲碁,プロ棋士がいなくなると予測する.
先日,将棋プロ棋士とコンピュータ将棋ソフトが対戦する「将棋電王戦」についての記者発表があった。2015年春には5対5の団体戦「将棋電王戦 FINAL」が開催される.それ以降人間vsコンピュータの対戦が中止され,代わりにペアを組んで対戦することとなった.

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このニュースを目にしたときに,これは人間の敗北宣言だなと思った.今までの対戦について,詳しくはWikipediaのまとめ[1]を参照されたいが,もう人間がコンピュータに勝てなくなって,プロ棋士の死活問題になったと言えよう.
理由は簡単だ.コンピュータに勝てなくなったのであれば,本日の連珠やオセロのようなゲームと何が違うのか?!必然的に指導料や検定料の減少とスポンサーの撤退が見えて,経済的に苦しくなっていく一方,若い人も参入しなくなるから.
ぼくの試算では,2015年からの5年間は,人間vsコンピュータの公式戦が行われず,どちらが強いかの議論が続くだろうが,2020年頃からは,人間が負けることが一般的に認知されるようになり,それからの15年(プロになるかを決める年齢)で,プロ棋士がいなくなるのではないかと考える.2035年である.
一方,計算の意味でより難しい囲碁に関しては,いまはまだ人間の優位[2]だが,将棋より15年ぐらい遅れて人間に匹敵するぐらい強いコンピュータシステムが作れると思ってよかろう.
一部の人(例えばコンピュータ囲碁ソフトZenの開発者)が,人間が逆にコンピュータソフトに習ってさらに強くなるので結局やはり人間のほうが(本気を出せば)強いと考えているようである[3]が,これは,プロ棋士のいなくなる日をすこし延ばすだけに意味があると思う.人間がコンピュータより強くなるかどうかの問題ではなくて,コンピュータに教えてもらわないとダメということになったら,プロ棋士としての生き甲斐がなくなるからだ.そうなったら,別の職を見つけたほうが意味があるのではないか.
ちなみに今日本のプロ棋士の数は,将棋約150人,囲碁約400人らしい.今後のことを考えると,シニアの方はこのまま楽しんでいただくとして,若い方については,将棋と囲碁を趣味とし,本業を(例えば)情報処理技術の開発に転身したほうがよさそうだ[4].

REFERENCE
[1] Wikipedia/コンピュータ将棋
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%BF%E5%B0%86%E6%A3%8B
[2] Wikipedia/コンピュータ囲碁
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%BF%E5%9B%B2%E7%A2%81
[3] インタビュー「チーム DeepZen」代表・加藤英樹氏に聞く
天声人「碁」 コンピュータ囲碁の地平線
http://www.hummingheads.co.jp/reports/interview/1307/130704_01.html
[4] 現代ビジネス:賢者の知恵
オックスフォード大学が認定 あと10年で「消える職業」「なくなる仕事」702業種を徹底調査してわかった
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40925



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総合生存学のススメ

困難な状況の中(ご本人はそうも思われていない様子ですが)、様々な状況を分析しその時々の最善の方法で問題解決・判断し、チャンスを逃さず、時には寄り道して、ご自身の好きなことを追求してきた趙先生だからこそ、今は情報工学の専門家として、思修館教員としてご活躍です。
総合生存学館に着任前、趙先生は情報学研究科にご所属。「京都大学若手人材海外派遣事業 ジョン万プログラム」(本学の次世代を担う若手人材を対象に海外経験等の機会を支援し、国際的な活動を奨励・促進することを目的として、大学が主体となって次世代のグローバル人材を積極的に養成する全学的プログラム)の平成24年度研究者派遣プログラムに採択され、約1年間、ドイツのカールスルーエ工科大学で経路探索のアルゴリズム工学に関する研究を行いました。
その際所属した研究室には博士課程の学生が15人もいて、しかも学位取得後にアカデミックの世界に進むのはわずか1〜2人、博士課程学生が数人しか研究室にいない日本の大学院に長らく所属していた趙先生には目から鱗だったそうです。これが総合生存学館の教育理念に共感し、着任することになるきっかけになったようです。


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これまで節目節目に多くの方に支えられ助けられ、それを心から感謝していることが、趙先生の言葉の端々に感じられます。一番の恩人は実は、修士論文発表会でセーターとジーンズ姿だった趙先生に、スーツを貸してくれ、不自由なはずの片手にもかかわらず慣れた手つきでネクタイをしめてくれた同級生のHさんかもしれませんね。

スポーツも堪能な趙先生。11月18日には総合生存学ミニシンポジウム「スポーツと大学」でお話しくださいます。ぜひ趙先生に会いに来てください!
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