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FM京都出演の様子

関心を集める感染症の拡大パンデミック

光山先生は昨年度まで京大医学部に勤務され、基礎医学の中でも微生物感染症学・免疫学を専門として研究教育してこられました。思修館では、総合生存学が対象とすべきグローバルな課題のひとつとして、国境を越えて発生し伝染性の高い感染症への対策と啓蒙を重視して活動しておられます。
今年に入って西アフリカのギニアで発生したエボラ出血熱は次第に拡大し、医療関係者を含む多くの感染者•死者を出すに至っています。先月8月8日、世界保健機関(WHO)は今回のエボラ出血熱のアウトブレイク (Outbreak)について緊急事態宣言をし、国際的協調対応が緊急に要請されることを訴えました。そのわずか三週間後、日本で69年ぶりにデング熱の国内感染が確認され、光山先生の研究分野が注目を浴びるようになっています。

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       エボラウイルスの電子顕微鏡像 (米国CDC提供)

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      WHOによるエボラ出血熱感染防止のポスター
       (1)症状を示すものとの接触回避、
       (2)手指の洗浄消毒、
       (3)握手の禁止、
       (4)コウモリ、サル、ヒヒ、死んだ動物に触れない、
       (5)ブッシュミートを食べず、調理には十分な加熱を、
       などの注意点が示されている。
 
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      象牙海岸の炉端で売られるブッシュミート
      (ロイター、ワシントンポスト紙掲載写真より転載)

8月27日にはラジオFM京都 α-station (89.4MHz) の番組SUNNYSIDE BALCONYの中の1コーナーKYOTO UNIVERSITY ACADEMIC TALKに出演し、感染症や総合生存学館(思修館)のことをわかり易くお話しされました。 光山先生によると、エボラ出血熱はエボラウィルスによる感染症で、このウィルス、元々は人間の感染症ではなく、アフリカ熱帯の森林の奥深くでごく一部の動物たちが密かにもっていたと考えられているそうです。その森に人間の開発が入ったことで密林動物のウィルスが何らかの方法で飛び火し、ヒトの中で増殖してヒトにかかり易い形に遺伝的な変化(医学用語でアダプテーション)をおこしたと考えられます。
また文化的な背景も要因となっている可能性は高く、今回のアフリカ西部を中心とした感染地域には、家族が亡くなった際に親密に亡骸に触れる風習や、フルーツコウモリ(日本でいう大こうもり)など様々な野生動物肉ブッシュミートを食す習慣が関係しています。また航空機の発達に代表される、短時間で大量の輸送力をもつ現代社会の流通•人的移動の仕組みにも感染症が国境を越えて世界へと拡大して行く原因があると考えられ、様々な視点からの原因解明力・問題解決力が今後求められるのは言うまでもありません。こういった総合的俯瞰的な思考力や実践力を発揮し、地球レベルでかかえている問題を解決する次世代リーダー育成を、総合生存学館は目指しています。
さてこういった感染症が広範に世界的拡大を示していくこと(パンデミック、総合生存学の対象のひとつ)が危惧されますが、その一方で、正しい知識と情報に基づかないデマや噂話が蔓延していることも懸念され、関係者の現地業務に支障をきたしたり、蔓延地域の内戦からの復興の妨げにもなっています。その点を受け、学館内に光山先生が発信した貴重なコメントを、読者限定で以下にご紹介します。

rumorの仕業を見極めよう

「エボラ出血熱に関して欧州でもいろんな不確定情報やrumorが飛び交っているようですね。不安は理解できますが、科学的な知識と公的な情報に従って行動するしかありません。
エボラ患者がどこにいるか、という意味で、今アフリカ以外のどの国まで来ているかという話しをすれば、すでに広く知られていて搬送帰国し治癒した米国の他、スペイン(10日、帰国後死亡)、英国(24日治療中)、ドイツ(27日搬送)などがあげられますので、公的情報からも既に北米、欧州には患者が存在する、ということになります。日本でも何人かの医療関係者(主に国立国際医療センターから)が現地におり診療活動に従事しているので、万一彼らの中に感染疑いの者が出れば、我が国へ搬送し、成田空港から荏原病院に収容することになるでしょう。
昔からこのような異常事態のときにはとんでもないrumorが拡大するものです。患者が不法入国するのをイタリアのマフィアが助けているという噂があるようですが、常識的に考えれば、金になる不法行為しかしない筈のマフィアが、患者かどうか調べる術もなく、リスクだけしかない、貧しいアフリカ人感染者の不法入国をサポートするなどあり得ないことは明白でしょう。今回のエボラ出血熱の大発生におけるrumorで最も問題なものは、現地人(アフリカ人)の間に根強い、「この病気は西洋人がアフリカに持ち込んだもので、もし病院に収容されれば殺される」というものです。無知の人々にしてみれば、病院に収容されたアフリカ人の大半は亡くなる(死亡率は50%以上)訳ですから、無理もないことかもしれません。事実、その種のrumorを背景として、リベリアで暴徒が隔離施設を襲撃し、10人以上の感染者を集団脱走させる事件が起きています。
エボラ出血熱が先進国にも拡大するリスクはゼロではありません。しかしこの感染はインフルエンザやロタウイルスなどとは違って、空気感染や水系感染は知られてはおらず(WHOは無いと言い切っています)、感染が起きるのは、直接患者の体液血液に触れる、感染した肉を食べる(コウモリやサルなどのブッシュミートの不完全調理食の喫食)ことだとされています。ですから、気持の上では不安が大きいとしても、患者に直接接触したり、コウモリやチンパンジー、ゴリラなどのブッシュミートを食べない限り、感染のリスクは限りなくゼロに近いと思ってよいのが科学的な認識です。因みにブッシュミートは決してまともな肉が食べられない貧しい人が食べるもの、とは限らず、案外高価で珍しいので、一部のアフリカ人にとっては、そんな高価な肉を喰えるというステータス的な意味合いがあるとも聞きます。
従って個人的には、学館からのケニアやローマへの出張を取りやめる必要性は全くない、と思っております。そうは言っても何となく気持ちが悪いのはわかりますので、あとは用務の必要性/重要性と出張者の気持ちの折り合いの問題だけになります。例えばパリにまで来ている、という噂を気にしてパリへの出張を取りやめるのは、すでに米国にはエボラ患者が搬送されたという明確な事実があるので、米国にはエボラがあるから米国各地への出張は全て取りやめる、というのと全く同じことになります。以上、ご参考になれば幸いです。
(光山正雄より総合生存学館教職員へのメール)」
   

グローバル問題解決に必要な広い知識と見地

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 我が国でのデング熱媒介蚊となる
 ヒトスジシマカ(Aedes albopictus)
 写真提供:
 国立感染症研究所昆虫医科学部

加えて、我が国で8月下旬以降大きな脅威になっているデング熱についても光山先生に伺いました。従来日本では馴染みのなかったこの感染症に関して知っておくべきことのポイントは、以下のようだとのことです。
デング熱(Dengue fever)はデングウイルスが特定のヤブカの吸血に際して接種されておこる蚊媒介性感染症で、地球規模ではアジア、アフリカ、中南米などの亜熱帯•熱帯地域に常在する感染症です。流行地では毎年5,000万人以上が感染する重大な風土病ですが、特に重症化しない限り、エボラ熱と違って一般には致死的な感染症ではありません。我が国では過去70年もの間国内での感染発症は見られませんでしたが、海外旅行先で感染し帰国後発症する「輸入感染症」の形では毎年200人近くの症例があります。発熱や発疹、筋肉痛や関節痛が主な症状で、特効薬はありませんが、適切な補助療法(輸液や解熱鎮痛剤投与など)を行えば比較的早期に自然治癒します。
今回の代々木公園を中心とした発生では、日本にはいないネッタイシマカではなく、同じヤブカの仲間であるヒトスジシマカが媒介昆虫となり、吸血によってヒトへ感染を起こし、また感染したヒトから吸った血液でウイルスを持たなかった蚊がウイルスを保有するようになったと考えられます。では、一体最初のウイルスは何処から来たのでしょうか?本当に昨年までは我が国にこのウイルスは存在しなかったのか(駆逐されていたのか)は明確ではありません。実は、昨年8月に日本を旅行して帰国したドイツ人がその後母国でデング熱を発症し、日本国内で感染した可能性がドイツのロベルト•コッホ研究所から日本政府に伝えられていたのですが、その後の厚労省による調査でも明確にはなっていませんでした。従って、実は国内にほそぼそと維持されていた可能性を完全に否定することはできませんし、また海外からの輸入感染症例から蚊がウイルスをもらった可能性も否定できません。何れにしても、我が国のどこにでも居るヤブカ(ヒトスジシマカ)を根絶することは困難ですから、今後デング熱は日本にも存在するという認識をもつことが必要でしょう。
因にデングウィルス(デング熱の病原体)は、京都大学医学部を昭和17年に卒業された堀田進博士(故人、元神戸大学医学部微生物学教授)によって、南洋の戦地からの復員兵が持ち帰り長崎で流行したデング熱の患者から昭和18年に世界で初めて分離されたものです。
ついでながら、デング熱のほかに蚊が媒介するウイルス感染症としては、日本脳炎(コガタアカイエカ、日本で年間数例発生)、ウエストナイル熱(ヒトスジシマカ、アカイエカ、日本には無し)、チクングニア熱(ネッタイシマカ、ヒトスジシマカ、日本には無し)があり、原虫感染症としてはよく知られているマラリア(ハマダラカ、年間100例程度の輸入感染症例のみ)があります。このなかで、ウエストナイル熱の病原体(WNウイルス)は今から80年も前にウガンダで初めて分離されたもので、アフリカ、中東、西アジアに限定していました。ところが、1999年8月に突然米国ニューヨークに出現し、数名の死者が出ることになりました。恐らく感染した蚊がジャンボジェットに乗ってニューヨークまで運ばれて来たのだろうと信じられています。この夏場の感染症はわずか3年でほぼ全米からカナダにまで拡大し、最近では毎年全米で毎年2,000名を超える患者と5%もの死亡率がみられます。
日本は四方を海に囲まれ直接隣国と国境を接している訳ではないため、海外諸国での伝染病にはやや無頓着な嫌いがあります。しかし、航空機の発達に伴う輸送の拡大は、すでに空路、海路で我が国は世界の多くの国々と国境を接してしまっている、という認識を持つことが必要になっています。
   


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